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【離婚】別居期間3年は婚姻を継続し難い重大な事由に当たるのでしょうか。

□  どのような事情があれば離婚をすることができるのでしょうか。
□  離婚をするためには別居をしなければならないのでしょうか。
□  別居期間は何年しなければならないのでしょうか
□ 婚姻を継続し難い重大な事由とは何でしょうか。

別居期間が3年ほどあると離婚をすることができるようになるといった話を聞いたことがあるかもしれません。

そこで、この記事では大阪天王寺の弁護士事務所の弁護士が別居期間がどのような場合に離婚が認められるのかを解説させていただきます。

有責配偶者、不貞行為がないが認められない事案では、別居は婚姻生活が破綻しているとの重要なファクターであり、婚姻期間など考慮すべき様々な要素を踏まえて、3年から5年程度がひとつの目安となってくるようには考えられています。

1 離婚の流れについて

離婚の流れは下記のとおりです。

① 協議離婚

② 調停離婚

③ 裁判離婚

 

(1)協議離婚

 

離婚の流れについて把握しておきましょう。

離婚の流れとしては、協議離婚、調停離婚、裁判離婚の流れを経ることとなります。

民法763条では、夫婦は、その協議で、離婚をすることができるとして、当事者の合意で離婚することができます。

協議離婚については、離婚届を提出すればよいこととなっています。

離婚届には、子どもがいる場合には、親権者を定めればよいこととなっています。

そのため、財産分与、養育費、面会交流、年金分割などを定めなくても離婚をすることはできます。

まずは、当事者間で離婚をするのかどうかについて話し合っていくとよいでしょう。

養育費など将来の金銭などが問題となることが多いため、離婚協議書を公正証書の作成を弁護士に依頼していくとよいでしょう。

 

(2)調停離婚

 

当事者での協議が整わない場合には、離婚訴訟を提起する前に家庭裁判所に調停を申し立てなければなりません(家事事件手続法257条・調停前置主義)。

調停は、家庭裁判所が1人の裁判官及び2人以上の家事調停委員が調停委員会を構成し、当事者の話を聞き、話し合いを進めていくこととなります。

調停もあくまで話し合いであるため、当事者間の合意が成立し、その合意が相当であると認められるときには、調停調書に作成します。

調停調書は、確定判決の同一の効力を有します(家事事件手続法268条1項)ので、債務者が調書の内容を履行しないときには、強制執行などを行っていくことが可能となります。

当事者で合意の成立する見込みがない場合、又は成立した合意が相当でないと認める場合においては、調停に代わる審判(家事事件手続法284条1項)をしないときには、調停が成立せず終了することになります。

調停手続が不成立となると、離婚訴訟していくことになります。

 

(3)裁判離婚

 

裁判離婚について、離婚の訴えを管轄家庭裁判所に提出していくことになります。

離婚請求に慰謝料請求などを合わせて提起することとなります。

親権者の指定、養育費の支払い、財産の分与に関する処分など附帯処分を共に申し立てることができます。

裁判離婚では、離婚原因が必要となってきます。

離婚に関する司法統計などをみると、離婚の原因として、性格の不一致、暴力を振るう、異性関係、生活費を渡さない、精神的虐待、浪費、家庭を捨てて顧みない、家族・親族と折り合いが悪い、酒を飲みすぎる、異常性格、性格不満、同居に応じない、病気などが挙げられています。

しかし、これらの事情があったからといって家庭裁判所で直ちに離婚ができるわけではありません。

民法770条1項では、夫婦の一方は、民法の定める事項に限り、離婚の訴えを提起することができるとされます。

そこで、離婚ができるのかどうかについて、法律上の離婚原因に該当する行為があるのかどうかによって判断がなされます。

 

2 離婚原因について

 

法律上での離婚原因がある場合に限り、離婚の訴えを提起することができるとされます。

民法770条は1項にて、個別的・具体的離婚原因を1号から4号にかけて4つに絞って規定をし、抽象的離婚原因として5号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由」を規定しています。

なお、1号から4号までに掲げる事由がある場合であっても、裁判所は、一切の事情を考慮して、婚姻の継続を相当と認めるときには、離婚の請求を棄却することができるとされているため、1号から4号があれば必ず離婚ができるというわけではありません。

(1) 具体的離婚原因について

 

・配偶者に不貞な行為があったとき : 自由な意思に基づいて配偶者以外の者と性的関係を結ぶこと

・配偶者から悪意で遺棄されたとき : 故意に、夫婦の同居・協力・扶助の義務(民法752条)に反して、夫婦の共同生活を営まないことをいいます。もっとも、正当な理由がある場合には、悪意の遺棄には該当しないことになります(最高裁昭和39年9月17日)。

・配偶者の生死が3年以上明らかでないとき : 生死不明が3年以上継続して現在に至っている場合をいいます。

・配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき : 夫婦の共同生活を営むことができないほどの精神上(統合失調症・そううつ病など)に罹患し、相当期間の治療にもかかわらず、回復の見込みがないことをいいます。

 

(2) 抽象的離婚原因について

 

最高裁昭和62年9月2日判決は、民法770条の解釈について、同条1項5号は、夫婦が婚姻の目的である共同生活を達成しえなくなり、その回復の見込みがなくなった場合には、夫婦の一方は他方に対し訴えにより離婚を請求することができる旨を定めたものと解されると判断されています。

婚姻を継続し難い重大な事由として、夫婦の間の共同生活が破綻し、その修復が著しく困難な事由に至っているのかどうかを検討していくこととなるでしょう。

① 主観的には、婚姻当事者双方が婚姻を継続する意図がないこと(破綻の主観的要素)

② 客観的には、婚姻共同生活の修復が著しく困難であること(破綻の客観的要素)

そのいずれかが認められる場合には、婚姻は破綻してものとして、離婚請求が認容されることとなります。

客観的に修復が著しく困難である状況の中核となるには、相当期間の別居であるといわれています。

相当期間の別居が継続している場合には、それだけで、婚姻破綻が事実上推定されてしまい、被告において、修復が可能であるという特段の事情が存在することを主張立証しない限り、離婚請求が認められることになります。

婚姻を継続し難い重大な事由といえる別居期間としては、下記のような裁判例などをみると、3年から5年程度であると考えられています。

3 裁判例について

実際の事案は各事案によって異なっているため、裁判例などを参照し、具体的な内容を弁護士と相談をしていくとよいでしょう。

(1) 東京高裁平成13年1月18日判決、最高裁平成13年7月19日決定

 

同居期間37年、別居期間3年3か月の夫婦の場合で、長年会社人間的な生活をしてきた夫の定年後に、妻が離婚を求めた事案において、第一審では、離婚請求が認容されたが、控訴審では、離婚請求を棄却した事案。

□ 判決内容について

 1 夫(昭和10年生)は、大学卒業後、昭和35年4月にAに就職した後、昭和35年年6月1日、5年程交際していた妻(昭和10年生)と婚姻をした。


・夫は、右入社後、B株式会社(B)の技術部門に配属され、仕事に精励し、激務の中、原書を読解するなどの勉強も加わって、家庭生活が犠牲となることが少なくなかった。

・夫は、午前6時台に出勤し、午後9時半過ぎころに帰宅することが多かったが、午後11時を過ぎて帰宅するということもあった。

・夫は、帰宅後、また、休日も仕事に関する勉強をすることが多かった。

・妻も、専業主婦として、夫の勤務が右のような実情にあったため、夫の出勤と帰宅時間に合わせ、早朝に起床して、朝食や弁当の用意をし、朝食を夫のベッドまで運んだり、着衣の準備をし、また、帰宅後も、夫を出迎えて、夕食や風呂の用意をするなど献身的な対応をしていた。…妻と夫との間には、昭和36年生れの長女、昭和42年生れの長男が出生していた。


・夫は、前記のとおり、いわば仕事に精励する毎日であり、家庭内では無口で、一人でクラシック音楽や読書を楽しむということが多かったが、時には、家族と共に、サイクリングをしたり、ドライブや旅行に出かけ、また、買物や食事を楽しむなどしていた。

・妻は病気がちで、昭和37年には卵巣腫瘍のため左卵巣切除の手術を受け、また、昭和41年から約16年間にわたって椎間板ヘルニアに罹患し、その治療を受けていた。

・夫は、家庭内においては、家計の一切を妻に任せ、自らは仕事に全力を尽くし、昭和56年に技術部長、昭和61年に情報システム事業部長に昇進した。この間、夫は、昭和55年、結婚20年を記念して、妻と共にヨーロッパ旅行に出かけた。

4 妻は、胃癌に罹患し、昭和61年にその手術を受けたが、入院に際し、夫に宛てて、「殆ど大丈夫と解っているのに、まだ心のすみのどこかに自信のない部分があります。それで、一先ず今までの長い生活のことをお礼を云っておきたいと思います。色々とありがとうございました。そして、又、来月もこれまで通りの生活が戻ってくるように願っています。」「今度のことでつらいこともありましたが、いくつかの良いこともありました。先ずはあなたや子供たちのためにも元気にならねばと思ったこと。一時は自分の生きる張り合いがなくなって、いつ死んでも良いゃという気持ちになっていたのですが、今はも少し生きてみんなの生活にプラスになりたいと思っています。そして、あなたとの生活もこのままずっと続けていきたいと切望しています。」などと記載した昭和61年2月2日付けの手紙(乙1号証)をしたため、これを夫に渡した。

・右手術後、妻は自宅に戻ったが、体力が低下したこともあって、掃除等の家事を十分にしなくなった。

・夫は、相変わらず仕事に精励する日々を送っていたが、妻が室内の整頓等も十分にしなくなったことを、専業主婦であれば十分やりこなせるはずであるとして快く思わず、これを妻のだらしない性格によるものと受け取っていた。

・昭和62年、妻は、前記の手術時の輸血が原因でC型肝炎に罹患した。そのころから、妻は、将来を悲観するようになった。


・夫は、平成元年6月には取締役に昇進した。取締役就任後も、夫は、仕事に追われていたが、平成2年には結婚30年を記念して、妻及び子と共にハワイ旅行に出かけた。
平成4年1月、子が結婚し、独立した。そして、夫は、平成四年、古巣のA株式会社に戻った。

・従前、妻と夫の寝室は一階の和室六畳の間であったが、妻は、変形性股関節症に罹患し、布団で寝起きするのが辛かったこともあって、平成4年6月ころから、居間にソファーべッドを置いて寝るようになり、その後、同年12月には、2階からベッドを持ってきてこれで就寝するようになった。

・平成6年、妻は、変形性股関節症で人工関節手術を含む大手術を受けた。


・夫は、平成7年4月にAを定年退職し、年金生活に入った。

・夫と長女はかねて折り合いが良くなかったが、平成七年五月ころ、些細なことから、夫と長女の間で口論が生じ、夫が、長女に対し、出ていくよう述べた。

・その際、妻は、夫に対し、それほど家族のすることが気に入らないなら、もう離婚したいと述べた。そして、平成7年12月、妻は、左足の股関節手術をしなくてはならなくなったが、その手術のため半年間程待たされることになったため、その間に夫と離婚して、長女と共に転居することを考え、夫に離婚したい旨を述べた。

・平成8年4月、妻は、左股関節臼蓋手術のため入院した。

・その際、妻は、夫に対し、「入院中はどなたともお会いしたくありません。」と記載したメモを残して行った。

・平成8年8月19日、妻は退院して自宅に戻った。その際、夫は、帰宅した妻を出迎えたが、妻は、無言で二階に上がってしまい、以後、食事の支度はするものの、会話もしない状態となり、妻は二階で、夫は一階で別々に生活するようになった。

・そして、平成9年8月15日、妻は、「精神的にも体力的にも限界ですのでこれからの食事の支度は致しません。」と記載したメモを作成して、これを食卓の上に置いて夫に知らせ、以後、妻は、夫の食事の支度をしなくなった。

・そのため、夫は、いわゆるコンビニエンスストアーで弁当を購入するなどして、自ら食事をするようになった。

・そして、平成9年6月、妻は、本件訴訟代理人弁護士を代理人として、横浜地方裁判所相模原支部に離婚を求める旨の調停の申立をした。平成9年7月8日、調停期日が開かれたが、右期日において、夫は、「今後も助け合って生活していきたい。」と述べた。

・その後、平成9年10月11日、妻は、「離婚を前提に別居します。」「この家は花子(妻)の所有でもあり、離婚成立後はここにいずれ帰って来るつもりですので、くれぐれも火の用心をお願いします。」などと記載したメモ(乙四号証)を残し、家財道具を運び出し、預金通帳や印鑑、キャッシュカード等を持って自宅を出て行った。

・以後、妻は、長女と共に、肩書住所地のアパートにおいて生活している。
・妻は、平成9年11月4日、本件訴訟を提起するに至った。

・このように、妻及び長女が夫と対立する中、長男は、その陳述書(乙15号証)において、まず、妻と夫につき、「夫は、家庭内の細かいことに口を出すことはなく、母(妻)が子らの話を聞いたり、その相談に乗っていた。母は、進学や就職といった重要な事柄については必ず父(夫)に意見を求め、父もこれに応えていたようです。母は細かい性格で、つくすタイプ。時にはそれが過剰サービスとも思えるほどでした。父は、亭主王関白型で、家庭内のことは一切何もしないタイプ。何もしないことが当たり前になっていたかもしれません。口に出して感謝の言葉を言うタイプでもありませんでした。」「ただ、父も口には出しませんでしたが、昭和61年に母が胃癌で入院・手術を余儀なくされたときは心配していたようで、私たちにはひとことも言わずに、一人で見舞いに行ったりしていました。少なくともこのころまではお互いに多少の不満はあるものの、家族の絆のしっかりした他の人にも自慢のできるほどの家庭だったと思います。」と述べた上、両親が離婚をすることを望んでいないとして、その理由につき、「40年近くもの間、一つの家庭を営んできたわけですから、お互いに不平不満があったのは当然だと思います。本来であれば日常の生活において、お互いが話し合いその不満を解消するなり、相手に言動を是正してもらうよう努めてくるのがあるべき姿だと思います。両親の場合はそれができていなかったためにこのような状態になったのだと思います。まずは、二人の間で十分に議論し、自分の考えを相手に知らしめ、できることなら納得してもらうよう努めて欲しいと思っています。難しいことかも知れませんが、それが長年一緒に暮らしてきた相手に対する責任でもあると思います。」「高齢になってきた両親が別々に生活することに不安があります。金銭的には、離婚後現在の収入や資産を分割した上で、それぞれの生活が成り立つのかどうかも心配です。」「やはり両親には、仲の良いとはいわないまでも普通の夫婦であって欲しいと思います。」旨述べている(長男の供述)。

・本件訴訟に至るまでの経緯等は右認定のとおりであるところ、妻は、「夫との婚姻生活は、当初から、妻の感情や望みは押し殺して、趣味を楽しむことも許されず、ひたすら夫が気に入るような生活をすることを優先する生活であった。子供が一人前になるまでは離婚はできないと考え、必死で我慢してやってきた。」旨主張し、原審における本人尋問において、「夫は、家事に協力することはなー、優しい言葉をかけるといったこともなかった。暴力を受けたことはないが、精神的な暴力を受けた。もう同じ家にいるのもつらいので離婚するしかないと決心して家を出た。」などとして、右主張に沿う供述をする。

・これに対し、夫は、原審における本人尋問において、妻が主張するような事実はない旨反対趣旨の供述をする。事柄の性格上、妻の主張する事実の存否を確定することは困難であるが、長男の供述や妻が胃癌で入院する際に作成した昭和61年2月2日付けの手紙(乙1号証)の内容等からすると、昭和61年ころまでは、妻も、夫を信頼し、一応円満といえる婚姻生活を送っていたものと認められる。

・したがって、妻が主張するように、夫との婚姻生活が当初から苦しいことのみであったなどとは認め難い。

・しかし、その後、次々に疾病が妻をおそう中、妻が次第に家事労働を苦痛とするようになっていたのに対し、夫は、これを妻の怠惰さに原因するものとして、妻に十分な理解を示さなかったため、妻が夫には思いやりがないと思い込むようになったのではないかと思われる。

・他方、妻も、夫が仕事第一に精励し、家庭生活上も相応の配慮をしていたことを十分に認識せず、また、次々と疾病に見舞われる中で自らの置かれている立場や老後の生活について適切な判断ができていないふしがある。

・そして、妻と夫の長年にわたる婚姻生活にかかる前記の事情を見ても、夫には、妻の立場を思いやるという心遣いに欠ける面があったことは否定できないものの、格別に婚姻関係を破綻させるような行為があったわけではない。妻と夫の関係が通常の夫婦と著しく異なっているわけでもない。

・そして、妻と夫は現在別居状態にあるものの、これも妻が長女と共に自宅を出たために生じたものであり、妻が一方的に夫との同居生活を拒否しているというべきものである。

・なるほど、妻と夫は、平成9年10月11日以降、別居状態にあり、妻と長女との確執もあって、このまま推移すると、妻と夫の婚姻関係が破綻に至る可能性がないではない。しかし、夫は、妻と夫の年齢や妻の身体的条件等をも考慮すると、離婚という道はさけるべきてあるとして、妻との婚姻関係の継続を強く望んでいる。

・また、長男も、前記のとおり、妻と夫の婚姻関係の継続を望んでいる。

・そして、長女と夫との間には確執があって、長女の意向が妻の意向に強く関わっていることが窺われるが、長女に今後自立した人生を歩ませるという観点からも現状は好ましいものではない。
右のような諸事情を総合考慮すると、妻と夫が平成9年10月以降別居状態にあり、妻の離婚の意向が強いことを考慮しても、現段階で、妻と夫の婚姻関係が完全に破綻しているとまで認めるのは相当でないというべきである。

夫は相応の社会的経験を有し、社会の良識に従った対応が期待できるものと思われる。この訴訟の結果を受けて、今一度、長年にわたって形成されてきた婚姻関係につき再考し、改めるべき点は改め、長男らの協力を得なから、和合のための努力が試みられるべきてある。それても、なお、関係の修復が図れず、いずれかが離婚を選択したいと考える場合は、その段階で、再度、離婚の当否について検討するという道筋を採るべきである

以上のとおりであるから、妻の本件離婚請求は理由がない。

(2) 東京高裁平成28年5月25日判決

別居期間が4年10月か月余りと長期間であること、婚姻費用分担金の支払いをしていないことなどから、妻側からの婚姻の破綻を認めることができると判断されています。

□ 判決内容について

XとYとは,平成14年に婚姻し,その後同居生活を続けたものの,遅くとも平成18年からは言い争うことが増えたこと,その後,Xは,Yの帰宅時間が近づくと息苦しくなるようになり,平成23年頃から神経科を受診し始めたこと,そのような中,長男が所在不明となる出来事を契機に,その際のYの対応に失望したXが長男を連れて本件別居に至ったことを認めることができる。

以上のとおり,本件別居の期間は,現在まで4年10か月間余りと長期にわたっており,本件別居についてYに一方的な責任があることを認めるに足りる的確な証拠はないものの,上記のとおりの別居期間の長さは,それ自体として,XとYとの婚姻関係の破綻を基礎づける事情といえる。

また,前記認定事実のとおり,Xは,本件別居後,一貫してYとの離婚を求め続けており,原審におけるX本人尋問においても離婚を求める意思を明らかにした。

他方,Yは,原審におけるY本人尋問において,Xとの関係修復の努力をするとの趣旨の供述をしたが,本件別居後,Yが,婚姻関係の修復に向けた具体的な行動ないし努力をした形跡はうかがわれず,

かえって,前記認定事実のとおり,別件婚費分担審判により命じられた婚姻費用分担金の支払を十分にしないなど,Yが婚姻関係の修復に向けた意思を有していることに疑念を抱かせるような事情を認めることができる。

以上のとおり,別居期間が長期に及んでおり,その間,Yにより修復に向けた具体的な働き掛けがあったことがうかがわれない上,Xの離婚意思は強固であり,Yの修復意思が強いものであるとはいい難いことからすると,

XとYとの婚姻関係は,既に破綻しており回復の見込みがないと認めるべきである。

(3) 東京高裁平成29年6月28日判決

同居期間10年、別居期間3年5か月の場合で、最初の子の流産時での冷淡な対応、妊娠時の無配慮な言動や育児に対する非協力等によって婚姻関係が破綻したとして、妻側からの離婚請求が認められています。

□ 判決内容

(1)妻は、平成16年2月22日、婚姻した夫婦である。
・夫は,妻が大学卒業後に就職した勤務先の先輩社員であり、両者は職場で知り合い、交際を開始した。

(2) 妻は,平成16年3月流産した。妻は、流産後、子供を見ると,おなかの中の子を無事出産してやれなかった罪悪感と悲しみに襲われたが、その思いを夫とは共有できず,妻は孤独感をもった。

(3)妻は,平成17年9月頃、長女を妊娠し、平成18年、長女を出産した。
妻は妊娠中悪阻がひどく苦しんだが,夫には妻の苦しみが伝わらず,妻が夫に背中をさすって欲しいと頼んでも夫はこれに応えず,妻は夫から無視されたように感じたことがあった。
・夫は仕事が多忙で、長女の育児にはおむつ換え程度しか関与できなかったが、妻が夫に育児の辛さを訴えると、夫は、「お前は子供の面倒を見ているだけだろ。家のことだけだろ。」と言って,育児の辛さに対する理解を示さず,妻は疎外感を持った。

(4)妻は,平成20年長男を出産した。
妻は,長男の妊娠中,長女の世話もしながら,悪阻に苦しんでいたが,夫は家事の手伝いを増やすことや,妻をねぎらうこともなかった。
長男が出生後,妻が長女を寝かしつけているのに,夫が大きな音でテレビを視聴していることがあり,夫に苦情を述べたが,夫はこれを改めないということがあった。
家計をめぐって,夫婦が口論になった際に,夫は妻に対して,「お前に稼げるのか。稼いでもいないくせに。どうせできないだろう。俺は平均以上稼いでいるんだ。」と述べ,専業主婦をしている妻の心情を逆なでした。

(5)妻は,平成22年9月,再び妊娠したが,まもなく流産した。
・妻が夫に対して,妊娠したことを伝えても労いの言葉がかけられることはなかった。
・妻は,流産したことに自己嫌悪を覚え,家に閉じ籠もっていると精神に変調を来しそうであると思い、気を紛らわせるために就職したいと夫に伝えると、夫は,「仕事に行くのであれば,家のことも,もちろんちゃんとやるのだろうな。」と応えた。妻は,夫のかかる言葉を聞き,怒りすら湧かず,孤独と悲しみを強く感じた。

(6)妻は,自分で安定的に収入を得たいと考えて,平成24年4月,看護学校に入学した。
・入学後,テストや課題作成のため,妻が夫に対して,一時的に家事の負担を求めても,夫は,結婚する際に家事は一切しないと言ってある,家事は一切しないなどと述べて,家事の分担を拒否した。
・夫は,妻が外出する際にスカートを着用しているのを見て,妻に男ができたのではないかと疑う姿勢を示したりもした。夫は,妻の作る食事に対する不満をカレンダーに書き込むようになった。

(7)夫の休日に妻が看護学校に通学すると,夫が未成年者らを妻不在中にきつく叱り,妻が帰宅すると未成年者らが泣きながら控訴人のもとに駆け寄ってくるという出来事が続いた。
・妻が,未成年者らを按じて,夫に対して,夫の休日には外出してはどうかと話すと,夫は,「遊びに行けというなら行ってやる。しかし,来月から生活費を減らすからな。その分はお前がなんとかしろ。」と応えた。

(8)妻は,平成26年1月頃,夫婦で口論をした後に,「私がいけないんだよね。」と長女が自らを責める発言をするのを聞いて,夫との婚姻関係がうまく行かないことによる悪影響が未成年者らに対してまで及んでいると感じ,もはや夫との婚姻関係は維持できないと考えて,夫との離婚を決意した。

(9)妻は,平成26年1月27日,未成年者らを連れて自宅を出て,夫とは別居することになった。

(10) 妻は,離婚調停を申し立てたが,平成26年7月4日,調停は不調となった。その後,妻と夫との間では,復縁に繋がる具体的な動きはない。

3 以上の事実によれば,妻は,夫が9歳年上で職場の先輩でもあったことから,夫を頼りがいのある夫と認識して婚姻し,一方,夫も,妻を対等なパートナーというよりも,庇護すべき相手と認識しつつも,家事は妻が分担すべきものとの考えで妻と婚姻したところ,

・妻は,流産,長女及び長男の出生,2度目の流産を経験するなかで,夫が家事や育児の辛さに対して共感を示さず,これを分担しないことなどに失望を深め,夫から自立したいという思いを強くしていったこと,

・これに対し,夫は,妻の心情に思いが至らず,夫が収入を稼ぐ一方で,妻が家事育児を担うという婚姻当初の役割分担を変更する必要を認めることができずに,夫婦の気持ちは大きくすれ違うようになっていたこと,

・そうした中,妻が看護学校に行っていて不在の際に,夫が未成年者らを厳しく叱るということなどが続き,

・妻はこのまま夫との婚姻関係を継続しても,自らはもとより未成年者らにとっても良くないと離婚を決意するに至り,平成26年1月になって,未成年者らを連れて別居したという経緯が認められ,

・かかる経緯に加え,別居期間が3年5か月以上に及んでおり,しかも,この間,復縁に向けた具体的な動きが窺えないという事情をも加味すれば,夫婦のいずれかに一方的に非があるというわけではないが,

・夫婦の婚姻関係は既に復縁が不可能なまでに破綻しているといわざるを得ない。

・夫は,事柄の背景を考えれば夫婦喧嘩にすぎないもので,離婚原因は存在しないと主張するが,前記のとおり,夫婦の役割等に関する見解の相違を克服できないまま,妻は離婚意思を強固にしており,その意思に翻意の可能性を見いだしがたい上に,既に述べたとおり,別居後は,双方に,今日に至るまで,復縁に向けての具体的な動きを見い出すことができないのであるから,かかる事情に照らせば,既に夫婦喧嘩という範疇に留まるものではなく,離婚原因を形成するものといえ,夫の主張は採用することができない。

・夫は,妻が最初の流産をした際には妻に寄り添おうとしたとか,家事や育児についても,夫としては,仕事との兼ね合いはあるができる限りの協力をしたつもりであるなどと主張するところ,本件においては,夫の主張を裏付けるに足りる証拠はないし,その点を措くとしても,そもそも,夫の主張自体,夫としては自らができると考えた範囲のことを自らの判断で行ったと主張するものにとどまり,夫が妻とコミュニケーションをとり,その心情を理解しようと努めたと主張するものではない。

・夫自身,原審における本人尋問において,夫婦が対等なパートナーという関係ではなかったと述べ,妻から育児の窮状を訴えられた際には,妻が家事しかやってないじゃないかと述べた旨自認しているほか,妻の心情への配慮という点についても,妻の実家が自宅のすぐ近くにあることから,夫はこれといったことはしていないと認めている。

・以上によれば,妻と夫の婚姻関係は既に修復不能なまでに破綻しているものと言わざるを得ない。妻の離婚請求は理由がある。

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